

虎丘
蘇州御庭から、バスで15分で到着できます。
高さ36メートルの虎丘(虎丘山)は蘇州の西南部の閭門の外に位置し、春秋時代の呉王夫差(ふさ)が父の闔閭(こうりょ)を葬った陵墓です。名剣三千ふりを副葬したといいます。葬儀の3日後に、墓の上に白い虎が現れたことから虎丘と呼ばれるようになったといわれています。
山の中腹の「千人岩」の所、周りの断崖に囲まれ、長方形の透き通ってきれいな剣池がひとつあります。記載によると、秦の始皇帝(221-207 B.C.)と三国時代の孫権(220-280)がかつて人を派遣して山に入って剣を探したことがあり、しかしみんな無駄骨を折ったようです。これが剣池を切り開いた原因だと思われています。
また記載によると、剣池が乾いた後、闔閭(こうりょ)のお墓の出口が現れたそうです。考古家の推測によると、墓の位置はちょうど虎丘塔の下にあるそうです。虎丘塔は五代の時代に建造され、八角七重の構造となっています。明の時代から、徐々に北に傾くようになり、専門家の判断によると、それは墓の構造によったものだそうです。
雲煙廟はもうひとつの見所スポットです。雲煙廟は有名な仏教の聖地の一つであり、平和の雰囲気が漂っています。それに惹かれた清の時代の皇帝乾隆が蘇州に滞在した時、行宮として利用しました。
寒山寺
蘇州御庭から、バス10分間で到着できます。
寒山寺は大運河に向かい、蘇州の最も重要な都市目印になっています。寒山寺は502年から519年の間に建設され、唐代に高僧寒山がここに移り住んだことから寒山寺と呼ばれるようになりました。長い間に、たび重なる火災に見舞われ、現在の建物は清代末に再建されたものです。
晩唐の詩人張継が詠んだ<楓橋夜泊>(月落ち烏啼き霜天に満つ、江楓漁火愁眠に対す、姑蘇城外寒山寺、夜半の鐘客船に到る)の一首で広くその名を知られるようになった。今でも観光客は楓橋及び石碑に刻んだ詩を見られます。ただし、張継の詩中の宋の時代の鐘がもう中国から流出し、日本の某所に保存されております。今の寺院中の大鐘は日本友人から寄贈されたものです。多くの中国人は幸福を恵まれられように、小金を使って大鐘を敲きます。
蘇州博物館
世界有名なアーチストMr. Leoh Ming Peがデザインに手がけ、2006年10月にオープンした博物館。2,500年の長い蘇州市の歴史の豊かな宝物を特集しています。 博物館の主な展示品は紀元前2,500年から紀元前500年までの青銅と玉です。 博物館自体はモダン・デザインと伝統的な蘇州建築スタイルを融合させた結晶です。
網師園
李公堤の御庭ブティックホテル出発、バス15分で到着できます。
網師園は蘇州が最小で最も精致な花園なのです。0.6ヘクタールの花園の構造は優雅で、典型的な清朝の官吏の住所です。近代的な庭園は宋代の官吏の官邸に基づき、作り上げられたものです。網師園の初代の主人は清朝の官吏宋宗元です。この園は以前の名前によって命名され、“漁夫の老人が隠居して釣りする所”を意味します。
網師園は住宅の部分と花園の部分を含みます。精致な花園の各所のホールは回廊によって繋がります。花園は小さいが、構造は繁雑で、池水を中心にして、植物、岩石、あずまや台と石橋で飾り付けられています。
特に外国人観光客は網師園に魅了され、蘇州で最も緻密精巧、アレンジが合理で緊密な庭園と賛美しています。甚だしきに至っては巨大な金額でこの花園を買おうとしている観光客もいます。
拙政園
蘇州御庭から、バスで五分で到着できます。
拙政園は蘇州の東北部に位置し、蘇州市の最も大きいプライベートガーデンです。伝統的な「室外」庭園で、園内には渓流、池、橋、小島の上の竹林があります。拙政園は、16世紀に官僚の王献臣によって造営されました。王献臣は官僚を追放され、故郷の蘇州に戻り、愚かなものが政をつかさどるという意味で「拙政」と自家の庭園に名をつけたという説があります。
拙政園は、東園、中園、西園と住宅区の四つの部分に分けられます。住宅区は典型的な蘇州建築で、昔は官僚及び家族の住宅でしたが、今は園林博物館となっています。東園にはは松林、芝生、竹薮、および流水が沢山あり、ここの多くの有名な見所スポットが集まっています。例えば蘭雪堂、芙蓉榭、天泉亭などがあります。 中園の部分には、パビリオン、大邸宅、廊下、きれいな植物、柳に囲まれた池が。 西部分の主な見所スポットは三十六鴛鴦庁であり、 また池、廊下、露台が至る所に散見されます。
この大きな庭園を見回るには1時間ぐらいかかります。園内のレイアウトと自然環境の配置には、明ダイナスティ風の景芸術特徴が顕現されます。
蘇州水郷
「東洋のベニス」と称される周荘、車で蘇州までの距離が40分、オリエンタルパリの上海までは一時間。小さい村でありながら、近距離なので蘇州か上海からのアクセスが簡単で日帰りの旅行には最適です。900年歴史もあるこの古い水郷を回ると、他の時空に滞在している錯覚さえもあります。他に、例えば「同里」など周荘と似たような川や運河で分割された町――「水郷」が沢山存在しているにもかかわらず、もっとも有名な「水郷」は周荘であることは間違いません。